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1920年代
1920年、ソ連において世界初の国立映画学校が創設され、クレショフがその教授として招聘された。
クレショフは同校においてクレショフ映画実験工房(一般的にはクレショフ工房と略称で呼ばれる)なるワークショップを運営し、モンタージュ理論を打ち立てると共に、その実験を行った。
1921年、ドイツでハンス・リヒターにより、ダダイズムの一表現として幾何学模様の変容を映した『絶対映画』
というアニメーション映画が作られる。
遅れて1927年、マルセル・デュシャンによってフランスでも幾何学模様の変容(デュシャン作品は円盤の回転)による『純粋映画』が試みられた。
ダダイズムのグループは実写による筋書き(ただし一貫性のある物語ではない)を持つ映画『幕間』も作っており、
こちらはデュシャン本人をはじめエリック・サティなどが出演している。
上映用の付随音楽はサティによって作曲され、これがサティの遺作となった。
1925年、クレショフ工房の生徒であったセルゲイ・エイゼンシュテインはモンタージュ理論に基づき『戦艦ポチョムキン』を制作。
エイゼンシュテインと共にクレショフ工房の出身者であったフセボロド・プドフキンやボリス・バルネット、
ジガ・ヴェルトフなどはモンタージュ理論を元にした作品を製作し、ロシア・アヴァンギャルドにおける代表的映画監督となる。
1927年、アメリカで世界初のトーキー『ジャズ・シンガー』(アラン・クロスランド監督)公開。トーキーは世界的に受け入れられ、急速に普及した。
もっとも日本特有の映画職業であった活動弁士らや、アメリカのチャールズ・チャップリンなど、サイレント映画に固執した人々もあった。
1929年、アメリカでアカデミー賞が始まる。初年度作品賞はウィリアム・A・ウェルマンの『つばさ』。
なお、初年度についてのみ作品賞は二作品が選ばれており、
もう一つの作品であるF・W・ムルナウの『サンライズ』には芸術作品賞という名目で賞が与えられている。
1920年代から1930年代にかけて、ジャック・フェデー、ルネ・クレール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、マルセル・カルネらのフランスの作家が登場して商業的な成功を収め、フランス映画の黄金時代を形成する。
後にこれらの作家・作品は「詩的リアリズム」と呼ばれる。
ドイツにおいてもほぼ同時期にフリッツ・ラングやロベルト・ヴィーネ、ムルナウ等が活躍し、こちらは「ドイツ表現主義」と称されるようになる。
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